政治に翻弄される在日の姿を知って ソプラノ歌手・田月仙さんが自叙伝 

 国際的に活躍する在日コリアン二世のソプラノ歌手、田月仙(チョンウォルソン)さん(49)=東京都在住=が昨年十二月、波乱に満ちた自身の半生や、北朝鮮に渡った兄たちの過酷な運命をつづった自叙伝「海峡のアリア」(小学館)を出版した。昨年の小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作で、田さんは「朝鮮半島分断による悲劇、国家や政治に翻弄(ほんろう)される在日コリアンの姿を知ってほしい」と話している。

 田さんは東京生まれで、桐朋学園短大で声楽を学び、一九八三年デビュー。八五年、北朝鮮に招かれ、当時の金日成(キムイルソン)国家主席の誕生日の祝賀公演で独唱、九四年には韓国でオペラ「カルメン」の主役を務めた。ここ数年は欧州でも公演を行っている。

 本書では、朝鮮学校出身という理由で同短大以外から受験を認められなかった田さんが「ボクサーが拳一つでリングに立つような心境」で歌手を目指し努力を続けた半生を中心に振り返った。

 六○年、「地上の楽園」と喧伝(けんでん)されていた北朝鮮に渡航後、スパイ容疑で強制収容所に入れられた四人の異父兄についても詳述。

 北朝鮮公演の際、既に収容所から出ていた長兄ら三人と面会した田さんが長兄から託された母への手紙には「どんな逆境の中でも、善と悪を見抜く(中略)そういう意志を育ててくれた、愛する私のお母さんに、心から感謝しています」とあったという。

 それから二十年余り。四人のうち、三人は既に死亡し、一番下の兄は現在音信不通。息子を北朝鮮に送り出したことを悔やみ続けた母は二○○五年、七十八歳で亡くなった。

 田さんは「母や兄の思いを歴史に埋もれさせず、私の言葉で書き残したかった」と話している。

 四六判、二百八十二ページ、千五百七十五円。

<写真:「音楽を通し、故郷日本と祖国である朝鮮半島をつなぐ役割を担いたい」と語る田さん>