在日コリアンの声楽家で自伝を出版した田月仙さん

北朝鮮バッシングには使われたくない

 昨年二月の母親の死が「母の思いや私の周りに起こった事実を記録しておきたい」と決意させた。四ヶ月で下記亜げった在日コリアン一家の物語は、今年の小学館ノンフィクション大賞優秀賞に。「海峡のアリア」と題し同社から今月、出版した。

 東京都立川市生まれ。ロマンチックな本名は、母親が身ごもった時に見た夢ー満月の光が照らした湖面に咲くスイセンの花一輪にーに由来する。

 朝鮮学校の少女時代、舞台で拍手を浴び、芸術家を志す。だが事業に失敗した両親は夜逃げ同然で地方へ。一人残ってレストランのピアノ弾き語りで練習し桐朋学園短大に入る。1983年にオペラデビュー。北朝鮮と韓国、日本の各首脳の前で歌い「海峡を越えた歌姫」と称された。

 本のクライマックスは封印してきた異父兄のことだ。母親と前夫の間に生まれた息子4人は、帰還事業で北朝鮮に渡った、4人ともスパイ容疑で収容所に。母親は北朝鮮訪問で奇跡的に再会するが、二男は既に亡くなっていた。「以後の母の人生は、北朝鮮政権を許せないという怒りと、絶望の交差する激しい思いに埋め尽くされた」という。

 しかし、本を北朝鮮バッシングの材料にしてほしくないと言う。「南北分断が在日コリアンを翻弄してきた。私は祖国統一を願って歌っているから」。東京都在住49歳。